大学情報

中央大学の歴史と成り立ち|創立から現在までの歩み

中央大学の概要

中央大学は1885年(明治18年)に東京・神田に設立された英吉利法律学校を前身とする私立総合大学だ。「實地應用ノ素ヲ養フ(実地に応用できる素養を養う)」を建学の精神とし、「法科の中央」として知られる法曹教育の伝統を持つ。現在は10学部・17研究科(要公式確認)を擁し、茗荷谷・多摩・後楽園・市ヶ谷田町などのキャンパスを持つ。


創立の背景——英米法の学習と実践的法学教育

明治中期の法学教育の状況

1885年当時、日本の法学教育はフランス法(大陸法)中心だった。明治政府はフランス法を模範に民法・商法・刑法を整備しようとしていたが、実際のビジネス・貿易の現場ではイギリス法(コモン・ロー、英米法)の知識が不可欠だった。

英国に留学した経験を持つ法律家たちは、「日本にもイギリス法を学べる専門学校が必要だ」という問題意識を持っていた。

18名の法律家による創立

1885年(明治18年)7月、増島六一郎を中心とする18名の法律家・法学研究者が英吉利法律学校を設立した。「英吉利(イギリス)法律学校」という名称が示すように、英米系のコモン・ローを中心とした法学教育を行う機関として出発した。


創立当初の姿(1885年〜)

実践的法学教育の精神

「實地應用ノ素ヲ養フ」という建学精神は、「理論だけでなく、実際の現場(裁判・法廷・契約)で使える法律知識を身につける」という実践的な教育方針を示している。

当時の他の法律学校が抽象的な法理論教育に傾きがちだったのに対し、英吉利法律学校は「判例の研究」「実務的な法的推論」という英米法的なアプローチを取り入れた。これが中央大学の「実学的な法学教育」の伝統の始まりだ。

法律専門家の育成と司法試験

中央大学は創立以来、法曹(弁護士・検察官・裁判官)の育成に特化した教育を提供してきた。「法科の中央」というブランドは、司法試験合格者の多さによって支えられてきた歴史的評判だ。


近代化・戦前の発展(1885年〜1945年)

中央大学への改称と総合化

1905年(明治38年)、英吉利法律学校は「中央大学」に改称した。「中央」という名称は「日本の法学の中心」という自負を込めたものとも言われる。

1920年(大正9年)、大学令による大学として認可。法・経済・商の3学部体制となった。1929年(昭和4年)には理工学部が設置され(要公式確認)、法学中心から総合大学への転換が始まった。

夜間部の設置——働きながら学ぶ場

中央大学は早くから夜間部(二部)を設置し、働きながら学ぶ学生のための教育機会を提供してきた。この姿勢は「実学に向き合う教育機関」という建学精神と通じるものがあった。


戦後の再建と発展(1945年〜)

新制大学への移行(1949年)

1949年(昭和24年)、新制大学として発足。法・経済・商・理工・文の5学部体制でスタートした。

多摩キャンパスへの移転(1978年)

1978年(昭和53年)、法学部を除く主要学部が東京都文京区(お茶の水)から東京都八王子市(多摩キャンパス)へ移転した。この移転は学生の交通アクセスなどで賛否を呼んだが、広大なキャンパスでの教育環境の充実というメリットもあった。

法学部の茗荷谷移転(2023年)

2023年(令和5年)、法学部が多摩キャンパスから東京都文京区・茗荷谷に移転した。都心回帰によって、法学部生の都内でのインターン・就活・法律実務へのアクセスが大幅に改善された。この移転は中央大学の都心回帰戦略の象徴的な出来事だ。


現代の姿

10学部体制と複数キャンパス

現在の中央大学は以下の10学部を擁する(要公式確認):

  1. 法学部(茗荷谷)
  2. 経済学部(多摩)
  3. 商学部(多摩)
  4. 理工学部(後楽園)
  5. 文学部(多摩)
  6. 総合政策学部(多摩)
  7. 国際経営学部(多摩)
  8. 国際情報学部(市ヶ谷田町)
  9. 経営学部(多摩・予定、要公式確認)
  10. 人文社会学部(要公式確認)

「法科の中央」の現代的継承

ロースクール(法科大学院)における司法試験合格者数において、中央大学は私立大学の中で高い実績を誇っている(要公式確認)。創立以来の「法学の実践的教育」という伝統が、現代においても法曹育成の核として機能している。


建学精神と歴史の関係

「實地應用ノ素ヲ養フ」の現代的意味

「実地に応用できる素養を養う」という建学精神は、法学に限らず「理論を実際の問題解決に活かす」という実学的姿勢として全学部に共通する価値観となっている。

現代の中央大学では、インターンシップ・資格取得・実務家教員による教育など、「実学」の精神を具体的なカリキュラムで体現しようとしている。


中央大学 主要年表

  • 1885年(明治18年) 増島六一郎ら18名が英吉利法律学校を設立(7月)
  • 1905年(明治38年) 中央大学に改称
  • 1920年(大正9年) 大学令による大学として認可。法・経済・商の3学部
  • 1949年(昭和24年) 新制大学に移行。5学部体制
  • 1978年(昭和53年) 主要学部が多摩キャンパスに移転
  • 1993年(平成5年) 総合政策学部設置
  • 2019年(平成31年) 国際経営学部・国際情報学部設置
  • 2023年(令和5年) 法学部が茗荷谷キャンパスに移転(都心回帰)

まとめ

中央大学の歴史は、「日本にイギリス法を教える学校が必要だ」という実践的な問題意識から生まれた。「實地應用ノ素ヲ養フ」という建学精神は、象牙の塔の学問ではなく「社会の現場で使える知識・技能を養う」という方向性として、140年の歴史を通じて受け継がれている。

「法科の中央」という評判は、創立以来の法学教育への真摯な取り組みが積み上げてきた歴史的な産物だ。


関連記事

本記事の情報は2026年5月時点のものです。詳細は各大学公式サイトでご確認ください。

下書きを無料で添削。 改善点がすぐわかる。

完全無料 登録不要
最短
1分!
無料で添削を試す