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青山学院大学の歴史と成り立ち|創立から現在までの歩み

青山学院大学の概要

青山学院大学は1874年(明治7年)にアメリカのメソジスト監督教会の宣教師たちが設立した複数の学校を起源とするキリスト教系大学だ。「地の塩、世の光(マタイ5章13〜14節)」を建学精神として掲げ、キリスト教精神に基づく教育を実践してきた。現在は15学部・15研究科を擁し(要公式確認)、東京・青山と神奈川・相模原の2キャンパスを持つ。


創立の背景——明治初期のキリスト教教育

開国と宣教師の来日

1858年(安政5年)の日米修好通商条約締結以降、欧米からのキリスト教宣教師が続々と日本に来航した。明治政府は当初キリスト教に対して厳しい姿勢を取っていたが、文明開化・近代化の推進のため、宣教師たちが設立する学校の存在を黙認するようになっていった。

特にアメリカのメソジスト監督教会は明治初期の日本での教育活動に熱心で、複数の宣教師が東京に学校を設立した。


創立当初の姿——3つの学校の誕生(1874年)

3つの源流

青山学院大学の前身は、1874年前後に設立された3つの学校だ。

1. 女子小学校(後のミッション・ホーム) 1874年、麻布鳥居坂にアメリカのメソジスト監督教会の女性宣教師メアリー・C・キダーが女性のための学校を設立した。これが女性教育の先駆けとなった。

2. 耕教学舎 1874年、宣教師ロバート・サミュエル・マクレイが設立した英語学校。後に青山英和学校として発展する。

3. 美會神学校 1879年、メソジスト系の神学教育機関として設立された学校。

この3つの学校が段階的に統合・発展し、1927年(昭和2年)に「青山学院」として統合されることになる。


近代化・戦前の発展(1874年〜1945年)

「青山」という名称の由来

現在の東京・青山(港区)の地名は、徳川家康の家臣・青山忠成の屋敷があったことに由来する。青山学院が現在の青山キャンパスに移転したのは1894年(明治27年)のことで、以来「青山」という地名が大学の名称にも刻まれることになった。

女性教育の先駆け

青山学院はその起源から女性教育に積極的だった。宣教師たちが「女性も男性と同様に教育を受けるべきだ」というキリスト教的信念に基づいていたためだ。この精神は現代の青山学院大学にも「多様な人材の育成」という形で受け継がれている。

専門学校・大学への昇格

1927年(昭和2年)の統合後、青山学院は高等学部・神学部・大学部・女子専門部などの組織を整えた。1949年(昭和24年)の新制大学設立に向けて、戦前から総合的な高等教育機関としての基盤が築かれていった。


戦後の再建と発展(1945年〜)

新制大学への移行(1949年)

1949年(昭和24年)、青山学院大学として新制大学が発足した。文学部・商学部・神学部・理工学部の4学部体制でスタートした。

国際的な環境の整備

青山学院大学は早くから国際化・英語教育に力を入れてきた。宣教師教育を起源に持つため、英語教育・外国語教育の伝統が根強く、「英語の青山」という評判を確立していった。

相模原キャンパスの開設(1982年)

1982年(昭和57年)、神奈川県相模原市に相模原キャンパスが開設された。理工学部・社会情報学部・地球社会共生学部・コミュニティ人間科学部が置かれ、郊外型の広大なキャンパスでの教育環境が整った。

学部の大幅拡充(2000年代〜)

2000年代以降、時代のニーズに応じた新学部が次々と設置された。2008年には国際政治経済学部・文化構想学部など。2015年には「地球社会共生学部」が設置され、グローバルな社会課題に取り組む教育が始まった。


現代の姿

15学部・2キャンパス体制

現在の青山学院大学は15学部を擁する大規模総合大学へと発展した(要公式確認)。青山キャンパス(東京・港区)と相模原キャンパス(神奈川・相模原市)の2拠点を持つ。

青山キャンパスは原宿・渋谷という東京のファッション・文化の中心地に隣接しており、この立地がブランドイメージの一部となっている。


建学精神と歴史の関係

「地の塩、世の光」の意味

「地の塩、世の光」(マタイ5章13〜14節)というイエス・キリストの言葉を建学精神とする。「塩は食物を腐敗から守り、味を与える。光は世を照らし、人々を導く」——すなわち「社会に不可欠な存在となり、世界を善い方向へ導く人物を育てる」という教育理念だ。

この精神は「自分のためだけでなく、社会の役に立つ人間になる」という方向性として現代の学生文化にも受け継がれている。

キリスト教主義と多様な受け入れ

青山学院大学はキリスト教系大学だが、信仰の有無に関わらず入学できる(要公式確認)。「地の塩、世の光」という精神を「社会に貢献し、世界を明るくする人材を育てる」という普遍的な価値観として、多様な学生に開かれている。


青山学院大学 主要年表

  • 1874年(明治7年) アメリカのメソジスト監督教会の宣教師たちが複数の学校を設立
  • 1894年(明治27年) 現在の青山(港区)に移転。「青山」の名が定着
  • 1927年(昭和2年) 関連学校が統合、青山学院として一本化
  • 1949年(昭和24年) 新制大学(青山学院大学)として発足。文・商・神・理工の4学部
  • 1982年(昭和57年) 相模原キャンパス開設。理工学部が移転
  • 2003年(平成15年) 経営学部設置
  • 2008年(平成20年) 国際政治経済学部設置
  • 2015年(平成27年) 地球社会共生学部設置(相模原)
  • 2019年(平成31年) コミュニティ人間科学部設置

まとめ

青山学院大学の歴史は、明治時代に来日したアメリカのメソジスト系宣教師たちが「日本の女性・若者に教育を」という信念から複数の小さな学校を設立したことに始まる。

「地の塩、世の光」という建学精神のもと、キリスト教主義に基づく人格教育と、時代のニーズに応じた学問教育を組み合わせながら発展してきた。「英語に強い」「国際的な環境」というブランドは、宣教師教育を起源に持つ歴史的な積み重ねの結果だ。


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本記事の情報は2026年5月時点のものです。詳細は各大学公式サイトでご確認ください。

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